2025年6月19日
2025年6月のブログ ー 長嶋選手追悼
2025年6月のブログ ー 長嶋選手追悼
今月は、国民的英雄の長嶋選手が亡くなられたので私の印象に残ることを中心に述べたいと思
います。私の高校時代に長嶋選手がプロ入りに際し争奪戦が繰り広げられました。その時の新聞
論調は、投手の杉浦選手、遊撃手の本屋敷選手と共に南海ホ-クスへの入団が有力視されていま
した。当時の南海の山本監督へのつながりもあったのでしょう。結局は巨人入りが決まりました
。当時から巨人の悪い癖で他のチーム芽を摘む意図で関西の三塁手でスラッガーの難波選手も取
りました。残念ながら長嶋選手の陰で日の目を見ることなく消えました。
入団後、国鉄のエース金田選手と対戦し、4連続三振を食いました。それでも臆せずにくらいつ
いてくるのに金田選手も感心したそうです。金田選手も長嶋を意識していて、初対面の時、より
背を高く見せようと背伸びして相対したと述べています。天覧試合での村山投手からのサヨナラ
本塁打や、王選手と共に圧巻のV9を達成したのには驚かされました。他の戦士も欠かせませんが
長嶋、王が無ければ不可能であったことは誰もが認めることだと思われます。
引退試合後の「巨人軍は永遠に不滅です」発言は長嶋らしく、後まで残る名セリフでした。引
退後も松井選手への熱血指導があり、それによくついていった松井選手も偉いものです。さらに
、亡くなる前に病気療養中の長嶋選手が医師の注意を振り切り、大谷選手と会っていますがこれ
は両者にとっても貴重な思い出となったことでしょう。
今回、各界から哀悼の言葉が述べられていますが、私が特に意外と感じたのは蓮實重彦前東大総長が追悼の言葉をのべられていることです。長嶋と同年生まれでスポーツ好きの蓮實氏は学生時代6大学の立教戦で3塁側に陣取り、長嶋選手に向かって「千葉の山猿」といつも大声で野次っていた
とのことですが、ある時長嶋選手が振り向いた、それから互いに瞳をかわしあう特殊な仲になっ
たということです。蓮見氏は教員時代の野球試合で、捕手で4番を務めるほどの野球好きでもあり
ました。特筆すべきは文芸誌「海」に草野進のペンネームでプロ野球評論を連載していました。フ
ランス帰りの女性華道教授と言う手の込んだものでした。(この蓮實氏、89歳になっても執筆活
動を続け、学生時代の同級であった大江健三郎について今も論じ続けています。ポルノ小説と言わ
れる「伯爵夫人」を書き2016年の三島文学賞を受賞しています。その蓮實氏と長嶋氏との重な
り合いがとても面白く思われました。
チームメートでライバルでもあった王さんが講演会で話していました、チームのために西瓜が切って
置いてあると長嶋選手は幾つか西瓜の先の部分だけを食べて行ってしまう、普通の人はこういうこと
をしないのに、どうしてこういう人が評価されるのか理解しがたいと述べていました、常識人の王選
手と長嶋選手の違いとして興味深く感じられました。
国民的英雄であった長嶋氏のご冥福をお祈りしたい。長嶋氏を継ぐことができるのは大谷選手以外にないと思われます。頑張って長嶋氏以上を目指してもらいたいものです。



